みなさまは「医療法人化」にどのようなイメージをお持ちでしょうか?
節税に役立つ? 事務手続きが煩雑になる?
今回は、「クリニックを医療法人化をすることによって得られるメリット・デメリットについて」と「医療法人化をするタイミング」についてを紹介します。
1、医療法人とは?
医療法人とは医療法に定められた非営利法人のことです。
クリニックを医療法人化すると、クリニックを所有経営(開設)するのが”医師個人”ではなく”医療法人”になります。
それにより、個人事業のときには個人の資金と事業用の資金どちらも医師(開設者)個人の銀行口座等で管理していたのが、医療法人化すると、個人の資金と事業用の資金を別々で管理することとなります。
(その他、契約の名義なども全て医療法人に変更になります)
また、医師(開設者)への報酬は医療法人から「給与(役員報酬)」として支払われるようになります。
2、医療法人設立の認可基準
医療法人を設立するための認可基準は大きく3種類に分かれています。
これに加えて、都道府県からの行政指導の内容も把握しておくことも必要です。
(1)人的基準
①社員は原則3名以上必要
ここでいう「社員」とは、従業員という意味の社員ではなく、株式会社でいうところの「株主」のようなイメージで、社員は法人の運営の意思決定をしたり、重要な事項を決議します。
そして、社員は出資額にかかわらず、”1人1票”で議決を行います。
また、社員となる者は、自然人に限られ、18歳以上であることなどが求められます。
都道府県によっては、「理事長就任予定者が一番多く出資すること」や「全拠出額の1/2以上出資すること」を求めているところもありますので、確認が必要です。
<社員総会決議事項>
・理事及び監事の選任及び解任
・定款の変更
・基本財産の設定及び処分(担保提供を含む。)
・毎事業年度の事業計画の決定又は変更
・収支予算及び決算の決定又は変更
・重要な資産の処分
・借入金額の最高限度の決定
・社員の入社及び除名
・解散
・他の医療法人との合併若しくは分割に係る契約の締結又は分割計画の決定
・その他重要な事項
②役員は最低でも理事長を含めて理事3名+監事1名
まず、理事長は医師又は歯科医師でなければなりません。
(例外的に非医師が理事長に就任するケースがありますが、医療法人設立の際は適用されない特例のため、今回は無視します)
また、理事長が他の医療法人の役員と兼務することは不適当だとされています。
理事長は責任をもって医療法人の運営に尽力する必要があるため、よほどの事情がなければ兼務しない方が良いですね。
そして、医療法人が開設する医療機関の管理者は、必ず理事に就任しなくてはなりません。
③監事は1人以上選任することが必要で、医療法人の理事と兼任することはできません。
※理事の3親等以内の親族や、顧問税理士、顧問弁護士等は監事に就任できませんので、役員の選任を行う上で特に注意が必要です
また、適切に監査を行うことが難しいと思われるため、法人の理事や医療機関の職員等も監事に就任できません。
(2)施設・設備要件
①少なくとも1箇所以上の病院・診療所・介護老人保健施設を設置すること。
当然のことですが、1つも医療機関が無いような医療法人は設立できません。
ほとんどの都道府県で「個人診療所として開設してから1年程度経ってから医療法人化するよう」に指導しているため、1つも医療機関を持たない医療法人が設立されることは無いように思います。
②業務を行うために必要な施設、設備、器具又は資金を有すること。
医療法人を設立するには、診療に必要な器具や備品などを個人診療所(の開設者)から医療法人に拠出したり、新たに購入したりして、診療を行うために必要な設備等を準備する必要があります。
また、運転資金として「2か月分の経費相当額」の現預金を準備する必要があります。
これは、医療法人化すると、法人として新たに診療報酬を請求することとなり、医療法人診療所となってから初めて診療報酬が入金されるのが、医療法人診療所開設の2か月後(たとえば4月に医療法人診療所を開設して診療を行った場合、翌5月に保険請求→翌々6月に報酬が入金されます)になるためで、およそ1000万円~1500万円程度の現預金を準備することが多いです。
(3)財産的基準
先ほども述べましたが、原則として運転資金は運転資金の2カ月分程度必要で、現預金や預貯金、医業未収金等の換金性が高いもので準備する必要があります。
また、安定した医療提供のため、医療機関の土地・建物は原則法人所有であるか、
もしくは長期かつ確実な賃貸借契約(契約期間の定めがあるものについては、自動更新条項が定められているものが望ましい)に基づくことが求められます。
(賃貸借の場合は最低でも10年以上の契約期間を求められる都道府県もあります)
3、医療法人化の経済的メリット
(1)給与所得控除が受けられる
給与所得控除とは、給与から一定額を差し引くことのできる経費のようなものです。
(医療法人にすることによって、院長先生は「個人事業所得者」から「給与所得者」になります)
法人としては院長先生の給与も経費として計上できるので、売上から院長先生の給与を経費として差し引くことができ、節税効果が期待できます。
(2)所得税と法人税の税率差で節税ができる
個人診療所の場合、事業で得た利益(所得)は全て院長先生個人の所得となります。
所得税は累進課税なので、所得が増えれば増えるほど、税負担は大きくなります。
医療法人化すると、利益(所得)は”医療法人の利益(剰余金)”と”個人の利益(所得)”とに分散されるため、同じくらいの所得を得る場合でも、医療法人の方が所得税の負担が小さくなることが多いです。
また、個人診療所の院長で、必要な生活費より多くの所得を得ているのであれば、法人化をして個人の役員報酬を低く設定することで、個人の所得税を抑えることができます。
4、医療法人化の経済的デメリット
(1)解散時の残余財産は国等に帰属される
持ち分の定めのない医療法人を解散した場合、医療法人解散後の残余財産は国等に帰属することになります。
残余財産の帰属先は国や地方公共団体等となり、出資者は分配を受けることができません。
(現在設立できるのはこの「持分なし医療法人」のみです)
しかし、前もって解散時期を決めて役員報酬や役員退職金を支給することにより、残余財産を医療法人に残さないようにすることも可能です。
計画的に医療法人を解散すれば特にデメリットにはならないため、これを理由に医療法人化を恐れる必要はありません。
ただし、医療法人は”地域に永続的に医療を提供する”という目的で設立されるので、安易な理由での解散は認められないことがあるので注意が必要です。
(2)個人で自由に使える資金が少なくなる
医療法人化すると、法人と個人に資金が区分されるため、理事長といえども医療法人の資金を自由に使うことはできません。
このため、役員報酬の設定の仕方によっては、院長先生個人の可処分所得が減少する可能性があります。
(3)スタッフの社会保険料を半分負担する必要がある
医療法人は、従業員の人数に関係なく社会保険に加入しなければなりません。
※医師国保等を継続する場合を除く
社会保険料は給与の約30%。そのうち1/2は法人で負担しなければなりません。
したがって、多くの従業員を雇用する場合は社会保険料の負担が大きくなります。
しかし、個人診療所だと事業主である院長は国民年金に加入する選択肢しかないため、
院長先生が社会保険(厚生年金)に加入できるという点はメリットとも言えます。
5、医療法人化のその他のメリット
(1)事業展開できる
医療法人化すると、個人開業では認められない「分院の開設」や「介護事業などの事業展開・事業の多角化」が可能になります。
本院とは異なる目的の診療所(異なる診療科の診療所や、在宅医療に特化した診療所の開設など)や、全国に分院を展開したりなど、事業を拡大できるようになります。
また、介護事業所の開設や、老人保健施設の開設など、介護・福祉事業へも参入することができます。
6、医療法人化のその他のデメリット
(1)運営が複雑化する
まず、医療法人設立の手続き自体が複雑で難しく、約1年間にわたり手続きを行っていかなければなりません。
また、医療法人の設立後も、毎年の事業報告書や資産総額の登記、社員総会の開催(及び議事録の作成)などの書類作成の手間も増えることになります。
そして、医療法人の運営については、法令や定款に則った方法で適切に社員総会などを開催し、そこで運営方針等を決定する必要があり、院長先生の一存で運営方針を決定していたときとは運営方法が大きく異なります。
(2)決算が複雑になる
法人税の申告書は個人の確定申告書よりも複雑なので、自力で作成することは難しく、医療法人の会計・税務に詳しい税理士の関与が不可欠になります。
7、医療法人化に適切なタイミング
医療法人化は、税金面や事業展開などにおいてメリットはありますが、社会保険の加入義務や運営管理面の複雑化で費用が増加するといったデメリットもあります。
これらを考慮したとき、医療法人化に踏み切るタイミングはいつが最適と言えるでしょうか。
(1)所得が1,800万円を超えたとき
個人事業の場合、所得税の最高税率は45%となっており、これに住民税等を加えると最高で55%程度の税金を支払うことになります。
一方、医療法人の場合の税率は、利益が800万円までが15%、利益が800万円を超える部分は23.2%となります。
これらより、「開業後に業績が順調に上昇し、個人所得が1,800万円を超えたとき」が、医療法人化するタイミングの1つと言われています。
(2)年間の社会保険診療報酬が5,000万円を超えるとき
「年間の社会保険診療報酬が5,000万円以下」の場合、必要経費の算入は実額ではなく、概算経費で計算できるという特例が設けられています。
実経費額が概算経費額を下回る場合に概算経費の制度を利用すれば、税務面で有利になります。
社会保険診療報酬が5,000万円を超えた際にこの優遇措置を利用できなくなるため、医療法人化を検討するタイミングのひとつとなります。
(3)事業展開や事業拡大を予定しているとき
複数の医療機関を開設したり、介護や福祉事業への展開が具体的になったときは、医療法人化を検討するタイミングと言えます。
分院等を開設するといった事業拡大は医療法人にしかできないので、開院当初から幅広い事業展開を視野に入れている場合には、できるだけ早いタイミングで医療法人を設立することが必要です。
(事業拡大に向けて新たに取引先を開拓する場合や、職員を新規に雇用するにおいて、医療法人は個人クリニックと比べて社会的な信用を得やすいという見解もあります)
社会保険制度の整った法人は求職者にとって大きな魅力となり、事業拡大に向けて従業員を増やす必要が出てきた際にも医療法人化が有利に働くと思われます。
(4)診療所を継承したい人がいる
子供や知人などへ診療所を継承することが具体的になっている場合、個人診療所よりも医療法人診療所のほうがスムーズに診療所を承継することができます。
医療法人診療所の後継者(院長)を社員総会で選任し、管理者(院長)の変更手続きをするだけで診療所を承継することができ、個人診療所のように「一度診療所を廃止してから再度同じ場所で新しい院長が診療所を開設する」必要はありません。
(5)減価償却期間が終わる開業7年目
医療法人化に適したタイミングの一つとして、開業から7年目が挙げられます。
これは、医療機器の減価償却期間が終わるタイミングだからです。
減価償却は、開業時に投資した医療機器や設備の費用を、数年間にわたって経費として計上する方法です。
この期間が終わると、経費計上できる減価償却費が減少し、課税所得が増加する可能性があります。
このタイミングで医療法人化することで、法人税率の適用を受け、税負担を軽減することが可能となります。
おわりに
今回はさまざまな医療法人化のメリット・デメリットを見てきました。
医療法人の設立においては、医療機関の収益力や後継者の有無、さらには将来の事業展開を考慮して検討していくことが重要です。
(記事:板東)
イシカル法務事務所では医療法人設立のサポートを行わせて頂いております。
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