クリニックは他の業種よりも公共性を求められる傾向にあるため、税金面で優遇されることがあります。
一般的には医療法人化した方が節税できるというプラスイメージが強い医療法人化ですが、実際のところ個人事業主(個人クリニック)で診療所を運営するのと、医療法人クリニックで運営するのではどちらが税務上有利なのでしょうか。
そんな疑問を解決すべく、今回は個人事業主と医療法人の税金面での違いについて解説します。
個人事業主と医療法人の違い
個人クリニックと医療法人では位置づけが異なります。
個人事業主
医療法人化していない個人クリニックは個人事業主となります。
個人クリニックは、営利目的での活動が可能です。
(医療法第7条には「病院」と「医療法人」の非営利性についての規定であり、個人診療所は非営利に関する規定が置かれていないため、営利的活動が可能と解されています)
医療法人
医療法人とは、法律上、人格として扱うことが認められた組織です。
医療法人はその性質上、公共性が求められるため、営利目的での運営が認められない非営利組織として位置づけされます。
一般的には、医療法人の方が個人クリニックよりも資金調達がしやすいため、高額な設備投資ができ、経営が安定しやすいというのが利点です。
また、医療法人は事業承継の際に相続税や煩わしい手続きの必要がないので、スムーズに承継を行えます。
個人クリニックと医療法人にかかる税金
個人クリニックと医療法人にはどちらも税金が課税されます。
課税される税金の種類について見ていきましょう。
個人クリニックに課税される税金の種類
個人クリニックの所得は事業所得となり、所得税(復興特別所得税を含む)・住民税・事業税の3つの税金が課税されます。
税率は以下の通りです。
①所得税
所得に比例して5%~45%(7段階)
②住民税
所得に関係なく一律10%
③事業税
所得から年290万円の非課税枠を差し引いた残額に対して一律5%
個人クリニックに課税される税率は、所得が大きくなるほど高くなります。
消費税の取り扱いは次の通りです。
・自由診療報酬:課税対象
・社会保険診療報酬:非課税
(参考:日本医師会「今こそ考えよう 医療における消費税問題」)
医療法人に課税される税金の種類
医療法人には法人税・地方法人税・住民税・事業税の4つの税金が課税されます。
税率は以下の通りです。
①法人税
資本金1億円以下の医療法人:所得金額が年800万円以下の部分は15%、所得金額が年800万円超の部分は23.2%
資本金1億円超の医療法人:23.2%
②地方法人税および住民税
法人税の17.3%または20.7%
さらに、均等割という所得と関係なく全ての納税義務者から均等に課される税金が年7万円以上課税されます。
③事業税
所得の3.4%~5.23%
医療法人に課税される税率は、所得金額の増減に比例しません。
消費税は個人クリニックと同様に、自由診療報酬のみ課税対象となります。
個人事業主と医療法人では「経費」の概念が真逆
個人事業主と医療法人では、税務署の見方が全く異なります。
個人の場合は、基本的に支出されているものは個人的な支出として扱われます。
一方、法人の場合は原則的に「支出はまず経費である」と見られ、その中で役員が私的に使っているものを経費から除くという考え方をされます。
経費になるもの・ならないもの
医療法人と個人事業主では経費になるものとならないものにも違いがあります。
飲食費は、医療法人であれば経費になることが多いようです。
しかし個人事業主の飲食費は、税務署員に経費だと主張して認められなければ裁判等で争うことになりますが、認めてもらえる可能性は低いようです。
その他としては、高額な物品等の購入は資産と見なされるので経費としては認められません。
(固定資産等として計上し、毎年一定割合を経費として計上していくことになります)
また、自動車は医療法人で購入して医療法人が所有する場合は全額経費となりますが、プライベートでも乗る場合には使用割合に応じて経費とならない部分が生じることとなります。
個人クリニックと医療法人のメリット・デメリット
個人クリニックと医療法人のメリット・デメリットについて説明します。
個人クリニックのメリット・デメリット
メリット
①小規模企業共済・経営セーフティ共済に加入できる
他の業種と同じように中小機構の小規模企業共済・経営セーフティ共済に加入できます。
小規模企業共済とは、”事業主の退職金制度”のようなもので、
経営セーフティ共済とは、”取引先の倒産に備えた事業資金の貸付制度”です。
積立型の共済にもかかわらず、掛金が経費計上または所得控除できるため、補償を受けるだけでなく、節税対策も兼ねられる便利な公的制度です。
②利益を分配できる
利益を分配するかしないかは個人事業主の自由です。
たとえば、儲けが多い月に、本人の取り分を増やしても特に問題ありません。
デメリット
①対外的な信用で不利
個人クリニックは医療法人よりも安定性や公共性が低いと見られることがあり、対外的な信用で不利になる場合があります。
たとえば、診療所用の物件を借りる際に医療法人で無ければ契約できない物件があったり、融資の料率が医療法人よりも高くなるといったことが生じ得ます。
医療法人のメリット・デメリット
メリット
①対外的な信用で有利
医療法人は安定性や公共性が高いと見られることが多いため、個人クリニックよりも対外的な信用の面で有利になることがあります。
たとえば、求人広告を出す際、求職者は個人クリニックよりも医療法人のほうが信用度が高いと感じ、多くの応募に繋がることがあります。
デメリット
①小規模企業共済・経営セーフティ共済に加入できない
医療法人は小規模企業共済・経営セーフティ共済の加入対象外になっています。
役員である代表者が退職金を準備するには、生命保険の活用など別の方法を選択しなければなりません。
②利益の分配ができない
医療法人は非営利性が求められており、医療法第54条に「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない」と規定されております。
ただし、役員報酬として報酬を受け取る分には、同条の問題は生じません。
③医療法等で定められた事務的な手続きの手間が生じる
医療法人はその公共性から都道府県の監督下におかれます。
クリニックの追加や移転、役員の変更などについて、都道府県等に認可申請や届出を行う必要があります。
また、毎年決算状況や事業の執行状況などを都道府県に届出たり、”資産の総額(毎年)”や”理事長の任期(2年ごと)”について法務局へ登記を行う必要があります。
④残余財産が国に帰属する
持分のない医療法人において、解散時に残る残余財産は国に帰属します。
そのため、毎期の適正な役員報酬や適正な役員退職金などにより、医療法人が解散する際に残余財産を残さないための対策が必要です。
医療法人化するメリット
医療法人化には、個人経営の診療所にはない多くのメリットがあります。
分院の開設が可能
医療法人化することで、分院の開設が可能となります。
個人経営の診療所では、法律上、複数の診療所を運営することは制限されています。
医療法人化することで、同一法人の下で複数の診療所を設置することが可能になります。
分院の開設により、事業拡大や広範囲にわたって質の高い医療サービスを提供することができるようになるため、法人全体の収益増加にもつながります。
事業承継がしやすい
医療法人化することで、事業承継がスムーズに行えるようになります。
個人クリニックの場合は、親族内承継・第三者承継問わず、「廃止届」を提出し、新たに「開設届」を提出する必要があります。
一方、医療法人が事業承継をする場合は「登記事項変更完了届」「役員変更届」を提出し、理事長を交代するという手続きを行い、医療法人をそのまま承継していく流れとなります。
社会的信用度の向上
医療法人化することで、社会的信用度が向上します。
法人格を持つことで、金融機関からの融資や取引先との契約がスムーズに行えるようになり、経営の安定化につながります。
また、法人としての組織的な運営が求められるため、内部統制やガバナンスの強化が図られます。
これにより、患者や地域住民からの信頼も高まり、診療所の評判が向上します。
退職所得控除が受けられる
医療法人化することで、退職金に対して退職所得控除が適用されるため、税負担が軽減されます。
医療法人化するデメリット
医療法人化には多くのメリットがある一方で、いくつかのデメリットも存在します。
事務手続きが増える
医療法人化すると、事務手続きが増えることは避けられません。
個人経営の診療所に比べて、法人としての運営にはさまざまな法的手続きや書類作成が必要となります。
例えば、法人設立時には定款の作成や登記手続き、行政への届け出が必要です。
さらに、毎年の決算報告や各種届出も欠かせません。
これらの手続きは時間と労力を要するため、経営者にとって大きな負担となることがあります。
適切な事務手続きを行うためには、専門家の助けを借りることも重要です。
運営管理が煩雑になる
医療法人化することで、社員総会や理事会の開催が義務付けられ、重要な意思決定はこれらの会議を通じて行わなければなりません。
また、社員や理事の意見を取りまとめるための調整作業も必要となり、経営者の負担が増加します。
財産を自由に使えなくなる
医療法人化すると、法人の財産と個人の財産が明確に分けられます。
これにより、経営者は法人の財産を自由に使うことができなくなります。
個人クリニックの場合、診療所の収益を個人の自由裁量で使用できますが、法人化すると法人の財産は法人のために使用する必要があります。
例えば、法人の利益は社員総会の決議に基づいて再投資や運営費に充てる必要があり、個人的な用途に使うことはできません。
社会保険の加入が必須
医療法人化すると、従業員の社会保険への加入が義務付けられます。
社会保険料の半分は法人が負担するため、法人の運営コストが増加します。
社会保険料の負担増加は、法人の収益性に影響を与える可能性があるため、事前にその負担を考慮する必要があります。
交際費の一部が経費計上できない
医療法人化すると、交際費の取り扱いに関する制約が増えます。
交際費の経費計上の条件は、持分の有無や期末の出資金の額によって異なるため、交際費をどの程度経費として計上できるかを事前に確認し、適切な対応を行う必要があります。
まとめ
今回は個人クリニックと医療法人クリニックの違いを比較して解説しました。
両者には、特に税金面で大きな違いがあるということがわかりました。
それぞれのメリット・デメリットを考慮して、個人クリニックのまま運営お行うか、医療法人化して規模を拡大していくかを検討する際のご参考になれば幸いです。
(記事:板東)
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